top of page
本 堀 技 術 士 事 務 所
代 表 本 堀 雷 太
技術士(衛生工学部門、生物工学部門)
環境カウンセラー(事業者部門)
労働衛生コンサルタント(労働衛生工学)
当事務所の専門分野の一つに「バイオテクノロジー(生物工学)」があります。生物工学は生物の持つ物質や機能を利用する技術の体系なのですが、この分野においては、如何にして生物の機能を理解するかという点が非常に重要です。
そもそも地球における生命は35億年もの長い間に独自の進化を遂げており、様々な魅力的な機能を備えた生物が我々の身の回りに溢れています。
まさに技術の世界における”宝の山”とでもいえる存在であり、この宝の山から実際に使える技術を導き出すのも、我々技術士の大きな役割なのです。
そのために身近な生物を採取して飼育したり、観察したりする事は、我々に大きな技術的なヒントを与えてくれるのです。
この実験室では、当事務所で進めている身近な素材を使っての実験や工作、飼育(培養)、観察などを通じて”技術のタネ”を探す取り組みの一部をご紹介させて頂きます。
今回の実験テーマは、「光るヤスデを採取して、実際に光らせる」です。これではナニを言っているのか全くわかりませんね。さてはともあれ、まずは下の動画をご覧下さい。
スゴいでしょう。細長い灰色のダンゴムシの様な生き物が紫外線を照射すると鮮やかな青色の光を発するんです。何故なのか?これはナニかに使う事が出来ないのか?興味は尽きません。
そこで、観察や実験を交えながら、順を追ってこの現象について見て参りましょう。
「そもそもヤスデってナニ?」と思われる方もおられるかと思いますが、ヤスデは節足動物の一種で、細長い体から多数の短い足が伸びている構造をしています。
同じ様な体の構造を持つものに「ムカデ」の仲間がいますが、ムカデとは全く異なる生物で、ムカデが主に肉食であるのに、ヤスデは植物の腐植質を好んで食しています。
ヤスデの仲間は世界中に様々な種類が存在するのですが、中には非常にユニークな生態や機能を持っているものがいまして、今回取り上げるのは「ババヤスデ」と呼ばれる仲間の一種です。
ババヤスデは、ババヤスデ属(Parafontaria属)に属する大型のヤスデの仲間です。地域により多様性が高く、分類学的な研究が進められています。
今回は当事務所がある名古屋市近くに広がる里山の林内でババヤスデの仲間を採取して参りました。
林内を突き進み、目的とする採集ポイントへ到着しました。ここは広葉樹を中心とした植生で、近くに沢があるため湿度が高く、樹下には落ち葉が深く堆積していました。
この樹下の腐食層を掘り起こすと、中からババヤスデの仲間が飛び出してきました。
これを採取して事務所に持ち帰り、採取地の落ち葉や土を敷いたシャーレ(ペトリ皿)に移しました。なお、余談ですが、シャーレは微生物の培養に良く利用されますが、小さな昆虫などの飼育容器としても非常に重宝しますので、手元にいくつか持っておくと非常に重宝しますよ。
さて、ババヤスデが入ったシャーレの上から紫外線LEDライトにより長波の紫外線(375nm)を照射しますと、なんとババヤスデの仲間が鮮やかな青色に発光に光りました。
見た目はダンゴムシの様な灰色の質感なのですが、紫外線を当てると鮮やかに光るのは実に驚きですね。
この様にある対象に光を照射した際に、その対象から発せられる光の事を「蛍光(fluorescence)」と呼びます。照射を止めれば、蛍光の発生は停止します。先に示した動画においても、紫外線の照射を止めると青色の蛍光が停止しましたね。
蛍光が発生する仕組みは、下図に示す「ヤブロンスキーの図」で説明する事ができます。
一般的に、ある物質に光(紫外線や可視光線、電磁波など)を照射すると、照射した光が持つエネルギーに応じて照射された物質中の電子がエネルギーを吸収します。
エネルギーを吸収した物質中の電子は元の「基底状態」から高いエネルギーレベルである「励起状態」に至ります。この電子の遷移を「励起」といいます。
その後、励起状態の電子は基底状態に戻るのですが、その際にエネルギーを放出します。この放出されたエネルギーが光の形で現れたのが「蛍光」という事になります。
なぜ、紫外線をババヤスデの仲間に照射すると発光するのかは、化学的な機構、生物学的な意義(何の目的で発光するのか?)を含めて良く分かっていません。
但し、発光の機構に関しては、外皮の部分に紫外線が当たると蛍光を発する物質(蛍光物質)が含まれており、紫外線を照射する事で青色の可視光を蛍光という形で発している可能性が考えられます。
そこで、このババヤスデを70%のエチルアルコール水溶液を用いる液浸標本にしてみまして、ここに紫外線を照射してみました。
すると、ババヤスデ本体のみならず、周辺の液体部分も青色の蛍光を発しました。
念のため、液浸標本の液体部分のみを取り出し、これに紫外線を照射してみました。
比較のため、エチルアルコール水溶液のみのブランクにも同時に紫外線を照射したのですが、液浸標本の溶液のみが強く青色の蛍光を発しました。
これは一体ナニを意味しているのか?
つまり、ババヤスデの外皮に含まれている蛍光物質がエチルアルコール水溶液中に溶出し、ここに紫外線を照射した結果、この蛍光物質が蛍光を呈したと考えられます。
また、この液浸標本の溶液をろ紙に垂らして乾燥させた後に紫外線を照射た場合にも青色の強い蛍光が観察されました。
つまり、この蛍光物質は通常の条件下では、揮発する事が無く、また乾燥した状態でも蛍光を呈する事が明らかとなったのです。
では、この蛍光物質はどの様なものなのか?
残念ながら、ババヤスデの蛍光物質についての報告例は見当たらないのが現状です。
ですが、同じ節足動物である「サソリ」については、外皮(外骨格)に含まれる蛍光物質について多くの研究例が報告されています。
皆さん、ご存知でしたか?サソリって紫外線を照射すると青緑色の蛍光を発するんですよ。
ですので、サソリの標本や、最近ネットなんかで売っている食用サソリの乾燥品なんかも紫外線を照射すると美しく青緑色に光るので、興味のある方はチャレンジしてみて下さい。
さて、サソリの外皮(外骨格)に含まれる蛍光物質ですが、「β-カルボリン (β-carboline)」 と「ヒメクロモン (Hymecromone)」という物質とそれらの化合物の誘導体が報告されています。ご参考にβ-カルボリンとヒメクロモンの構造式を以下に示します。
ババヤスデの仲間にもこの様な蛍光物質が含まれている事が、先に述べました液浸標本への紫外線を照射実験の結果から示唆されます。
但し、注意して頂きたいのですが、全てのババヤスデの仲間が発光するのではなく、一部の種類が発光するに過ぎず、発光する事の生態学的な意義も未だ明らかになっていません。
しかし、サソリの外皮(外骨格)に含まれるβ―カルボリンとその誘導体については、神経伝達に関与するモノアミン酸化酵素の働きを阻害する事が報告されており、この様な作用を持つ物質はパーキンソン病の治療に利用されているものもあります。
もしかしたら、ババヤスデの外皮に含まれている蛍光物質も驚く様な生理作用を持っているかもしれませんし、蛍光を呈する性質から蛍光材としての利用が期待できるのかもしれません。
いずれにせよ、この蛍光物質の分子構造が決定される事が前提になりますが、生物工学的な応用を含めて実に興味深いテーマであると思います。面白いですね。
今回お話しさせて頂きましたババヤスデの仲間の様に、我々の身近に生息している生物の中には驚くべき物質や機能を有しているものがごまんといるのです。
でも、その素晴らしい物質や機能の存在に気付かなければ、技術のタネを見つけ出して育てることはできません。
興味を抱いたら、どんな形でも良いので、採取し、飼育し、観察し、実験してみることで、新たな技術のタネが見つかるかもしれません。
私達、科学技術の専門家の力量はこんな興味本位な道楽によっても育まれているんです。
bottom of page