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※今回公開させて頂きました道楽日誌の記事「濃尾平野の伝統食「鮒味噌」を喰らう!」は、顧問契約を結んで頂いているお客様および会員の皆様に向けてテクニカルレポートの形でも有償頒布もさせて頂いています。印刷して利用する事を希望される方は、当ホームページの会員向けオンラインストア「テクノマーケット」にてお買い求め下さい。一般の方で頒布を希望される方は別途当事務所までお問い合わせ下さい。

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       本 堀 技 術 士 事 務 所
        代 表 本 堀 雷 太
     技術士(衛生工学部門、生物工学部門)
     環境カウンセラー(事業者部門)
     労働衛生コンサルタント(労働衛生工学)

 本堀技術士事務所の所在する名古屋市を中心とする尾張地方は、濃尾平野の豊かな土壌が育む農産物や伊勢湾の海の幸、木曽三川の川の恵みといった食材の宝庫です。また古くから味噌や醤油、酒、味醂、酢などを製造する醸造産業が発達し、独特の食文化が育まれてきました。
 
 当事務所は、バイオテクノロジー(生物工学)を業務における専門の一つとしており、食品関係の業務にも活発に取り組ませていますが、「食文化における技術の在り方」というものを非常に重視しています。
 
 先人たちが築き上げてきた伝統食の中には、地域社会を取り巻く生態系(地域生態系)が生産する生物資源(バイオマス)を適切に管理して、地域文化が担ってきた食に関する技術(加工や保存など)を適用する事で、環境に調和しながら持続的に利用してきた歴史があります。
 
 地域の伝統文化に根差した知恵や技術の中には、現代の先端技術にも応用できる可能性があるものが多く見られます。この様な知恵や技術に科学技術のメスを入れて、現代の科学技術への応用の可能性を見出す事は、産業の発展のみならず、地域文化の次世代への継承にも繋がるものであると考えられます。
 
 前置きが長くなってしまいましたが、今回は濃尾平野が誇る伝統食「鮒味噌(ふなみそ)」を実際に調理してこれを食べてみる事で、鮒味噌から見えてくる様々な課題について考えてみたいと思います。

 鮒味噌とは、読んで字の如く「鮒(フナ)を味噌で炊いたもの」であります。
 
 濃尾平野は木曽三川をはじめとする大小多数の河川が流れており、古くからこれらの河川に住む様々な魚類や甲殻類、貝類などが食用資源として盛んに利用されてきました。
 
 愛知県の濃尾平野では、高度経済成長期までは河川を仕切ってボラやフナ、コイなどの粗放養殖が行われており、内水面における生物資源生産の場として機能していました。
 
 鮒味噌はその様な濃尾平野の魚食文化を代表するもので、フナと共に伝統野菜の一つである「目黒大豆」を濃尾平野特産の豆味噌(赤味噌)で炊いたものです。酒の肴に良し、飯の友に良しという逸品です。

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図1.鮒味噌

 鮒味噌は濃尾平野の冬の味覚であり、時期になると鮮魚店やスーパーマーケットに並びます。しかしながら、近年は良質のフナや伝統野菜である目黒大豆が手に入りにくくなり、鮒味噌自体を作る人が少なくなったため、結構なお値段で売られているのが現状です。
 
 私が駆け出しの頃は、冬になると事務所に近所に住んでいるお婆さんが鮒味噌を炊いて持ってきてくれたもので、酒の肴に重宝しました。根強いファンが居るのも地域に根差した伝統食の特徴ですね。
 
 さて、今回はそんな鮒味噌を”こだわって”作ってみました。
 
 まずはメイン食材のフナの調達です。現在、鮮魚店で売られるフナは、養殖物が主なので、今回は脂が乗って食味が増す厳寒期のフナ、いわゆる「寒ブナ」を釣って参りました。
 
 年末の凍える程の寒さの中、一人で釣りに行くのも嫌なので、顧問先のお客様に無理やり付き合って頂きフナを釣りに行ってきました。
 
 夜明け前から川のたもとに陣取り、餌のアオイソメの房掛けを投入してアタリを待ちます。
 
 ようやく吹きすさむ寒風が止んだと思ったら、今度は雪が舞ってきました。どおりで寒い訳です。お客様と一緒に事務所で作ってきた麹甘酒(麹も自前で培養の逸品です!)をすすりながらひたすら待ちました。
 
 すると、ウキがもぞもぞと動きました。とっさに合わせると竿にグッと重みが掛かり、竿先が水面へと絞り込まれます。
 
 折角のチャンスを逃すまいと、慎重に取り込みました。一尺(約30cm)弱の立派なマブナです。

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図2.釣り上げたマブナ

 この後、お客様がもう一匹同じくらいのサイズのマブナを釣り上げました。これで何とかメインの食材を確保できました。
 
 ところで、このフナという魚ですが、我が国にはギンブナ、キンブナ、オオキンブナ、ゲンゴロウブナ、ニゴロブナ、ナガブナの五種類が分布しています。このうち濃尾平野にはギンブナとオオキンブナ、そしてゲンゴロウブナが品種改良されたヘラブナが分布しています。
 
 先に述べた「マブナ」とは、厳密には生物の名前(種名)では無く、ヘラブナと区別するための慣習的な名称であり、今回釣り上げた個体はギンブナであると思われます。
 
 ギンブナとヘラブナは見た目では体の高さ(体高)を比較する事で識別しますが、厳密には背鰭分岐軟条数や鰓耙数を比較する必要があります。

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マブナ(ギンブナ)

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ヘラブナ

図3.マブナ(ギンブナ)とヘラブナの識別

 ギンブナは繁殖に関して非常に面白い生態を持っています。なんと無性生殖の一種である雌性発生し、そのほとんどが雌の個体であるのです。
 
 雌性発生では雄の精子が発生に必要であるものの、単に発生開始のための刺激要因として働くだけであり、ギンブナ以外の他の有性生殖を行うヘラブナなどのフナ類の精子の刺激でも発生を開始してしまうのです。これは実に不思議な現象ですね。

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図4.フナの繁殖行動

 話を元に戻しましょう。次に揃える素材は「目黒大豆」です。目黒大豆は濃尾平野の低湿地帯で古くから栽培されてきた大豆の一種なのですが、”へそ”の部分が黒いため”目黒”(ホントはへそ黒なんでしょうが・・・)と呼ばれています。
 
 栽培がいささか難しいために現在では作る人が少なくなり、木曽三川流域で細々と栽培されています。今回は幸いにも、自家用に栽培を続けておられる津島の食品関係のお客様より分けて頂く事ができました。

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図5.目黒大豆

 最後に用意した特選食材は味噌です。それも濃尾平野が誇る「豆味噌」です。豆味噌は大豆に豆麹と塩を加えて長時間かけて発酵させたもので、発酵中に大豆や豆麹中に含まれる糖と蛋白質がメイラード反応を起こす事で赤褐色に色付きます。それ故に「赤味噌」と呼ばれる訳です。
 
 今回用いた豆味噌は私の事務所で麹菌(コウジカビ)を培養して作成した豆麹を使って長期間発酵させた特製です。通常は豆を潰して発酵させるのですが、今回は豆を潰さず時間を十分に掛けて発酵させました。とても旨みの強い味噌が出来上がりました。

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図6.豆味噌(本堀技術士事務所特製)

 これで役者が揃いました。調理に入りましょう。
 
 まず、フナを炊く前日に目黒大豆を水に浸して吸水させます。目黒大豆は一晩吸水する事で大きく膨らみます。この浸漬を行う事で豆がふっくらと炊きあがるのです。

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図7.目黒大豆の吸水

 次に釣り上げたマブナの内臓を傷つけない様に取り除き、丁寧に鱗を剥がします。そしてコンロで素焼きにします。地域によっては素焼きにしないで味噌で炊く事もありますが、私は煮崩れを防ぎ、川魚特有の臭みを抑えるために素焼きにしました。
 
 続いて、素焼きにしたフナを番茶(青柳)の煮出し汁で6時間煮ました。この時、臭み消しのために梅干しを3粒と生姜をひとかけら入れました。番茶の煮出し汁で長時間煮る事で骨まで軟らかく食べる事が出来る様に仕上がります。

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図8.フナを素焼きにする

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図9.フナの素焼きを番茶の煮汁で煮る

 素焼きのフナが煮上がったら、鍋の底に吸水した目黒大豆を敷き、その上にフナを乗せます。そこに豆味噌と中双糖(ザラメ)を溶かして煮始めます。

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図10.煮汁に豆味噌とザラメを投入

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図11.吸水した目黒大豆を鍋の底に敷く

 その後は、浮かび上がってくるアクを丁寧に取り除きながら煮ます。ひたすら煮ます。とにかく煮ます。煮続けます。グラグラ煮ます。

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図12.ひたすらフナを煮ている様子

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図13.浮かび上がったアク

 煮終わった状態は、見たまま”味噌まみれ”です。冷めたら一緒に炊いた目黒大豆と共に皿に盛りつけます。完成です!

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図14.煮上がった鮒味噌

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図15.皿に盛り付けた鮒味噌

 早速、試食してみましょう。やはり長時間しっかりと煮込んだため、箸もすんなり身に入りキレイに開く事ができました。食べてみると、身にも味が十分に染み込んでいました。また番茶の煮汁と梅干し、生姜のおかげで川魚特有の臭みは全く感じられませんでした。
 
 しかし、用いたフナが結構大きかったため、頭部と背骨は硬いままで食べることはできませんでしたが、小骨はさっくりとした食感で身と共にそのまま食べることができました。

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図16.鮒味噌の試食

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図17.身を開いた鮒味噌

 身の部分をほぐしてみましたが、キメの細かい繊維質で弾力のある食感を感じる事ができました。一緒に煮た目黒大豆もフナの旨みをしっかりと吸い取っており、とても美味しく炊きあがっていました。
 
 飯の友や酒の肴にピッタリの逸品に仕上がりました。濃尾平野の伝統食素晴らしいですね。

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図18.ほぐした鮒味噌のフナの身

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図19.炊きあがった目黒大豆

  今回は濃尾平野の伝統食「鮒味噌」を素材の調達からこだわって作ってみました。大変な手間が掛かったものの、その苦労に十分に見合うだけの美味しい鮒味噌を作る事ができました。
 
 濃尾平野の先人たちは、鮒味噌を冬の味覚として自ら楽しむだけではなく、身近な人々への進物としても盛んに利用してきました。伝統食は単なる食材では無く、地域社会における人と人との繋がりを円滑に保つための財物としても機能してきたのです。

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故に伝統食の文化を継承する事は、地域社会における人間関係の醸成にも大きく貢献する事になります。
 
 しかしながら、先にも述べました様に鮒味噌を取り巻く状況は厳しさを増しています。良質のフナや伝統野菜である目黒大豆の調達が困難になっている事、調理する人が減っているために調理技術の継承が進んでいない事など、連綿と営まれてきた伝統食の系譜が断たれてしまう可能性があります。
 
 我々、エンジニアは、伝統食が直面している現状を直視し、次世代への継承に必要な課題に科学技術の立場から取り組むと共に、伝統食文化が長い歴史の中で培ってきた知恵「伝統知」を科学的に捉え直す事で新たな形での応用の可能性を検討する事が求められています。

 生物工学の世界では、発酵食品など古くから存在する生物の機能を利用した技術体系を「オールドバイオテクノロジー」と位置づけ、この歴史的な技術を先端分野に応用する研究が盛んに行われています。

 
 伝統食は、まさに“宝の山”なのです!
 
 皆様も、お住まいの地域に伝わる伝統食を今一度、見つめ直してみてはいかがでしょうか?

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